トレンド ミハエル・シューマッハ 日記

【皇帝ミハエル・シューマッハ】F1歴代最高の戦績[1]

2016/10/31

F191勝、ポールポディション69回、年間ドライバーズ・タイトル7回、間違いなくレジェンドです。その一方で、危険な追い越し接触事故などを繰り返し、「危険な男」と評されています。今年も鈴鹿にF1レースがやってきました。

1992年ベネトンからフル参戦

シューマッハの実質的F1経歴となった年で、第12戦ベルギーGPで初優勝を飾りました。

この年のフランスGPでセナに追突し、再スタートのグリッドでセナに叱られる姿がテレビ中継でも見られ、トラブルを起こしながらも、シューマッハはセナを徐々に尊敬していったようで、自分が決めた特定の人物に忠誠である、この心のありようがシューマッハの本質であるのでしょうか?

セナの死とシューマッハ

1994年サンマリノGPでシューマッハはセナの死を目の前で見ることになります。

セナの直後を追いかけていたところ、タンブレロ・コーナーでセナが激突するのを、世界中の誰よりも近くで目撃しました。レース後、トレーラーハウスに引きこもったシューマッハは、恋人と泣き続けたと言います。その後、シューマッハのドライブは明らかに変わりました。テレビ中継で見ていても「大人になった」と思わせました。セナの亡き後F1界のエースとしての自覚が出来たと感じたものです。しかし無謀なドライビングはやむことがありませんでした。「勝つために必要なことをやるのは、何が悪い」と主張し、危険な行為を繰り返していきます。

反省せず繰り返してしまうのがシューマッハの本質でありましょうか?

セナとの比較

雨中では目覚ましく早くなるのが天才中の天才ドライバーです。

セナは活動期間10年間で41勝、ポールポディション65回。シューマッハは16年間で91勝、ポールポディション69回。セナのポールポディションの回数が活動年数に対して、極端に多く、シューマッハが活動年間で勝利数が、かなり多かった特徴があります。

シューマッハが「No.1ドライバー体制」を強くチームに要求し、チームオーダーで、勝利するなど、政治力と言える才能を発揮していました。対してセナはポールポディションが多く、その当時の「最速のドライバー」と言えるのでしょう。シューマッハがピットストップなどを利していたことがあり「政治力、作戦のシューマッハ」と言えるかもしれません。

シューマッハは数々の危険行為のため制裁を受けますが、反省することはなく繰り返して、安全に関する新しいドライビングルールをシューマッハが作り出したと言われていました。

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