日記

【青森県黒石市、写真コンテスト「黒石市長賞」事件】あの笑顔に謝罪して・・・

写真コンテスト受賞にふさわしくない

青森県黒石市で行われた夏祭りの写真コンテストで、自殺してしまった少女の写真が、市長賞に内定したと両親に伝え、了解を取り付けていたにもかかわらず、(「いじめを苦にして自殺した人の写真は」この部分は明確ではありません)「ふさわしくない」とのニュアンスをにじませて両親に説明して受賞を取り消していました。

問題が発覚して記者会見した市長は「公表されていない人の写真を使うことが良いことか・・・?」など既に両親が承諾しているものを、誰が聞いても良く分らない筋立てで取り消し、また市長賞に再選出するなど、対応に疑問が投げかけられています。

市長以下、市職員は問題を受け止められないようで、いじめによる自殺が起きたこと自体、一般論として市長の責任が問われる事態であり、自殺者を「ふさわしくない」とするなど、この人たちの人間の認識はどこにあるのでしょうか?

逗子マリーナの場合

しかし、残念なことですが、人権の存在を認識できない人は増え続けており、行政の長の資格はどのようにして見定めるべきなのか、考えさせられます。

逗子マリーナ高層ホテル問題で、リビエラが学校区ごとの自治組織なるものを利用して、まるで決定したがごとくホテル計画をぶち上げたのは、記憶に新しいところです。その自治組織を作ったのは、逗子市長であり、「自治組織を利用して高齢化社会に対応しよう」としているようです。

発想を聞いていると目的は良いように聞こえるのですが、一方で自治組織は行政に作る権限などなく、市民に事前に諮ったのでもなく、メンバーは地元の有力者などを市が勝手に選出している実態は、違法性が出てくる状態です。少なくとも自治組織を行政側が作ることは出来ず、勝手に作って従えと言えば、人権侵害になります。主権者が市民であることを恐れぬ、市役所の言動には驚くばかりです。

「良い話も出てきた」と市役所職員の説明ですが、結果いかんでもなく、目的が良いことでも、許されない手法です。人権意識がこれほど希薄になってきたことに驚きを禁じえません。

人間としての姿勢

黒石市の市長、はじめ市役所職員は、写真コンテストの意味も分からず、市長は支配者のように勘違いしているようです。人権侵害のような説明を両親にしていることは、決して許してはならないでしょう。

何を両親や人々が怒っているのかも、黒石市長には理解できないのでしょうか・?

賞を再び与えるとしながらも「これが本当に本人のために良いのか分りません・・」と述べています。彼には何を、誰に詫びたらよいのかも認識できないのでしょう。いや、問題となって失敗したと打ち消しに躍起になっているのでしょうが、悪いことをした認識もないのが現実でありましょう。少なくとも「人の上に立つ長の資格はない」ですね。

この場合、「市長賞の取りやめが先決」で、辞任することです。

あの笑顔に謝罪して・・・

あの笑顔の子が自殺してしまったことを聞けば、「なぜなんだ・!」と憤りを覚えるのが先で、「ふさわしくない」との考えが出てくる根拠が信じられません。両親が歓迎していることを知っているのですから、市長は両親と共に、本人の笑顔に賞を示して、責任ある大人として、至らず救えなかったことを「本人に詫びて」弔う意識になるのが人間です。

人間性を考えさせられる事件です。

 

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