大人の車学 日記

ブームだった【ワーゲン占い】知ってる??日本にやってきた最初のビートルが「オートモビルカウンシル」に展示!

千葉・幕張メッセの「オートモビルカウンシル」が2019年4月5日開幕した。そこにヘリテージカーとして、一台の「フォルクスワーゲン(VW)・Type 1(ビートル)」が持ち込まれた。エアバルーンの中に大事に展示されているのは、いわゆる「ワーゲン」だ。ヒトラーとのつながりも深く、1960~70年代には「ワーゲン占い」なるものも子供たちの間で流行っていた。



 

2019「オートモビルカウンシル」に、日本で最初のワーゲン・ビートルが展示!

千葉・幕張メッセの「オートモビルカウンシル」の会場は、2019年4月5日開幕した。ヘリテージカーとして、一台の「フォルクスワーゲン(VW)・Type 1(ビートル)」が持ち込まれた。

「フォルクスワーゲン(VW)・Type1」と言えばVW日本輸入第一号である。「カブトムシ」とも呼ばれていた。ブラジルでは「ゴキブリ」、タイでは「亀」とも呼ばれる。

 

歴史多きビートル! ヒトラーが生んだ大衆車、ポルシェ博士との関係

でも、「フォルクスワーゲン・ビートル」は、「ナチス・ヒトラー」の記憶と共に思い出されるのが順当な車といってもいい。

また、フェルディナンド・ポルシェ博士と共によみがえる記憶でもある。

アドルフ・ヒトラーは、知っての通り、第二次世界大戦ヨーロッパ戦線の口火を切った張本人であり、ユダヤ人抹殺の指令を出したとされる「独裁者」の典型として名を残している。そして、そのヒトラーと同盟を組んでいたのが、当時の昭和天皇と明治以来「富国強兵」に努めてきた「大日本帝国」なのだ。

 

ヒトラーつながりで学んでおくこと

「富国強兵」と言えば、記憶に新しい2018年のNHK大河ドラマ「西郷どん」で良いイメージが出来ているのかもしれない。でも、中国、韓国などが大迷惑をこうむった「覇権主義」「帝国主義」「植民地主義」「天皇独裁」「軍部独裁」などと揶揄される、真実の日本の姿と世界の現実がある。

「西郷どん」、大久保利光が進めてきた「富国強兵」の結果が、その後の「侵略者日本国」の姿でもあることを見つめておく、知っておくことが必要だ。

世界情勢の中で日本がとらなければならなかった悲しい歴史でもあり、現在、覇権主義を取る中国の影を正面から受け止める勇気を、これからを生きる若者が持つことを求められているのだと思う。

 

ポルシェ博士とヒトラーの「VW計画」

そんなナチスドイツの政権下で、当時、天才設計家として知られたフェルディナンド・ポルシェはヒトラーに依頼されて設計を始めたとされる。

それが、VW・Type1(ビートル)だった。当時、自動車は金持ちのものであったが、それを大衆車とすべくヒトラーが、国民の機嫌を取るために言い出した「国民車」構想だった。

 

日本では「占い」のネタになったビートル

ようやく豊かになってきた1960~70年代に、世間では「ワーゲン占い」なるものが子供たちの間で流行った。ほとんどが男子児童だった。

「1日に3台ワーゲンを見たら幸運!」「10台見たら将来は幸せになれる!」とか、見たビートル(この時は「ワーゲン」と言っていた)のカラーによっても、ルールが決まっていた。例えば、「黄色のワーゲンを見たらラッキー!」「黒や赤のワーゲンを見たらついてない…」などだ。まだまだ外車は少なく珍しい時代だったから、「占い」にかこつけて無邪気に遊んでいたのだ。

↓↓↓ビートルは、そのいでたちでカラフルがよく似合う!(インスタグラムから拝借させていただきましたm(__)m

 

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自動車生産の歴史をざっくりと

VW・ビートル当時の量産技術の考え方では、「同じものを大量に造る」との考えであったので、「モデルチェンジはしない」と考えられていた。また、「大量生産」は「同じものを続けて造ると安くなる」と考えられていたため、自動車産業を作り上げた「フォード方式」とも基本的に同じだった。

 

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その後、「定期的にモデルチェンジをすると売れる」と考えられるようになり、現在のように「1年ごとにマイナーチェンジ」を行う考え方になってきた。これが「GM方式」とも言われる考えだ。

これで、自動車産業はアメリカ、ユーロッパで花開き、日本も戦後、日産やトヨタなどが製造を始めることとなった。

モデルチェンジしない「ホンダ・シビック」?

「モデルチェンジをしない」と宣言して登場したのが、初代「ホンダ・シビック」だった。

しかし、現在はご存知の通り、定期的にモデルチェンジをすることは変わりないが、「個性を求める市場のニーズにこたえるため」と称して「混流生産」つまり「多種少量生産」方式が当然となってきた。実際は、トヨタの「ジャストインタイム」の考え方だが、短納期、つまり注文から納車まで短期で届けることを目指し、「多種少量生産」は進歩し続けている。

経営的には、必要資金を劇的に減らすことが目的であり、コストダウン・短納期・ユーザーが求める仕様に答えるなど、ジャストインタイムの旗印に進められてきた、製造業の「大改革」だった。

それは、誇るべき日本のトヨタが始まりで、いまや世界の製造業の常識となって今日に至っている。真に経営することを知っていると、資金量においては、フォード方式に比較して「数千分の一になる」と思われる。しかし、この生産方式のメリットを理解できている経済学者に今まで出会ったことはない。「日本発の世界的発明」と言えるのだ。

 

VW・Type1(ビートル)を長年日常的に街中で見てきた人間としては、「ナチス」(全体主義・軍国主義)のイメージと共に、クルマの世界では「レジェンド」と言える複雑な感情を抱くのだ。

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