スカイライン2000GTが現在のGT-Rに直接つながる系譜となります。いわゆる「スカG」と言われるクルマは、このスカイライン2000GTのことです。これが、スカイラインGT-Rにつながっていきます。
1965年2代目スカイライン1500 → 1968年2000GTが登場
スカイライン2000GTが現在のGT-Rに直接つながる系譜となります。いわゆる「スカG」と言われるクルマは、このスカイライン2000GTのことです。これが、スカイラインGT-Rにつながっていきます。
スカイライン2000GTは、レース仕様のウェーバー3連キャブを装備して125馬力と公表されていますが、現在の計測方法とは違ってエンジン単体での数値なので、現在の表示では110馬力程度であったと思われます。
すぐに、このレース仕様を2000GT-Bとして、2000GT-Aが追加されました。
2000GT-Aはグロリアのエンジンそのものを搭載し、105馬力とされています。当時、乗用車のコラムシフト(チェンジレバーがハンドルに取り付けられていたタイプ)の3速ミッションから、現在では当たり前のフロアシフト(フロアトンネルにチェンジレバーを取り付けたタイプ)になりました。
日常使用で使いやすいタイプを追加してきたのですが、現在の基準からみると、3速ミッションは考えられない仕様でした。一方、2000GT-Bは4速ミッションで、当時としてはレース仕様のキャブレターを装備した本格的GTでした。
現在は電子制御の燃料噴射が当然の時代で、キャブレターは考えられない装備となっていますが、ウェーバーキャブは吸入効率が高く、装備するだけで出力アップした装置です。
後に、2000GT-BはGT-Rにつながり、2000GT-Aは現在のスカイラインGT各タイプにつながっていきます。
出典:初代スカイラインGT-R 2ドアハードトップ(Wikipedia)
1968年3代目スカイラインにモデルチェンジされますが、話題の多い車となります。テレビCMで「愛のスカイライン」と広告されたモデルです。
1969年、日産GT-Rの事実上の初代となるスカイラインGT-Rが登場します。
S20と呼ばれたDOHC2000ccエンジンが積まれました。このDOHC2000ccエンジンは、日本グランプリでポルシェやトヨタ7などと争った日産R380と呼ばれたレース専用スポーツカーのエンジンGR8・200~255馬力をディチューンして搭載したものでした。
S20 は「4バルブ・3キャブ・DOHC」で、「フェアレディーZ432」に搭載されたものと同じです。当時のエンジン単体の計測では160馬力でした。2000ccとのクルマとしては、当時市販されていたトヨタ2000GTの150馬力を凌駕して最高出力でした。
S20は、R380のレース用エンジンGR8のオイルサンプを「ドライサンプからウエットサンプ」にして、圧縮比を少し下げ、馬力を落として日常使用に耐えるものにしています。
このエンジンオイル・ドライサンプの技術は、旧中島飛行機、現在の富士重工の飛行機用「誉(疾風)や栄(ゼロ戦)」エンジンからヒントを得たものでした。まだ、戦後が終わっていなかった時代でした。・・・⇒【日産GT-R物語(4)】愛のスカイライン[2]