AI・自動運転・未来都市まで──世界最大級の研究開発を徹底解説【第1回】
「トヨタはもう遅れている…。」
SNSや動画サイトでは、まだこのような意見を目にします。その理由はさまざま…
「EVで出遅れた。」
「IT企業に勝てない。」
「夢がない。」
「テスラや中国メーカーに追い抜かれた。」
さらに、その印象を強めたのが、2026年7月14日に放送されたNHKスペシャル「インサイドトヨタ」です。
通常は外部に公開されることのない開発会議や試作検討の現場、世界中から集まった役員や担当エンジニアらが商品の販売を決める最重要会議にまで入り、また、トヨタの豊田章男会長へのロングインタビューも流れた。
引用:Yahoo!ニュース
番組では、新型カローラを筆頭とする10年に1度の大規模なプラットフォーム変更(根本的に考えを変える)に際し、開発から製造技術(生産技術)へ引き継ぐために苦戦する現場や、今までの常識から考えたら出来そうもないことを実現するために挑む社員たちの姿が描かれました。
建設機械の大物部品を製造する工場を経営していた、そして、当時いち早くトヨタ生産方式を採用しようと現場で職人と一緒に油まみれになって格闘した経験のある筆者からは、その内容は非常に非常に興味深いものでした。
たしかプラットフォームの開発責任者の方が「トヨタがこけたら日本がこける」とおっしゃっていた言葉に筆者も同感です。
そうこれは、トヨタも、そして日本にとっても生き残りを賭けた戦いです。
でも一方で、SNSやニュースなどを見ると「トヨタは時代に乗り遅れた会社なのではないか」という印象を受けた人も少なくなかったのでしょうか? どうしてそう思うのか私には理解できないですが…。
本当にそうなのでしょうか???
実はトヨタは現在、自動車メーカーという枠を超え、AI、自動運転、ロボット、未来都市、水素、半導体、宇宙関連技術など、世界でも珍しいほど幅広い研究開発を同時に進めています。
では、なぜそれほどの研究をしているにもかかわらず、「遅れている」というイメージが生まれてしまったのでしょうか。
その理由を探る前に、まず知っておきたいことがあります。
それは、トヨタという会社が何を目指しているのかです。
トヨタは「自動車会社」ではなく「モビリティカンパニー」を目指している
トヨタは近年、自社を「自動車メーカー」ではなく、
Mobility Company(モビリティカンパニー)
と表現するようになりました。聞いたことがある人もいるでしょう。

このスローガンも「いいクルマを作ろうよ」と同様にちょっとわかりにくいのかな~?深いんですけどね~。
モビリティとは、単に「車」のことではありません。
「人やモノが安全・快適に移動すること」そのものを意味します。

つまり、トヨタの目標の
「良いクルマを作る」ことは
「未来の移動そのものを設計する」
ことへ変わってきているのです。
だからこそ研究対象も、自動車だけに留まりません。
街づくり ー AI ー ソフトウェア ー エネルギー ー ロボット ー物流 ー 介護 … 。
こうした一見バラバラに見える技術が、「すべての人に移動の自由を」という一つのテーマにつながっています。
そもそもの話、人間の衣食住にかかわるすべてのことが産業となっているわけで、どれほどソフトウェアが進歩してもその前に「ハード(モノ)」を作り上げなければならにという事実があります。
ソフトウェア開発もそのモノを完成形にする技術の1つであり、ソフトウェアだけで社会が成り立つわけではありません。もっと言うと、私たちが手にする商品の価格の中にソフトウェア開発の値段がどれほど乗ってきても、モノを作る技術を磨き続けなければソフトウェアが活かされないことは明白なのです。
また、「これからのクルマはスマホに4つのタイヤを付けたもの」と表現する専門家もいますが、はっきり言ってヒト、モノを運ぶという技術はスマホを作る技術だけでは成り立ちません。クルマを安全に速く動かすためには、これまでの自動車を作る技術がどうあがいても基本となるのです。
今回のNHKの番組では、トヨタのソフトウェア開発の現状を特に取り上げてはいませんでした。でも、もちろんトヨタは制御ソフトウェア、エンタテイメントソフトウェア開発も進めていることでしょう。
ただ、ただゲームのようなエンタテイメント関連のソフトウェアは装飾であり、安全を維持するとか移動する・運ぶなど基礎開発とは別物です。ユーザーの好みに左右されやすいファッション(デザインやカラーなど)と同様のものです。
この視点で見ると、トヨタの研究開発はまったく違って見えてきます。
(余談ですが、当知恵の輪サイトにもその意図があります。SEO的には不利ですがね…。それと断っておきますが、私はトヨタの回し者ではありませんので。純粋にトヨタの目指す方向がまともであると思ってるだけです。)
なぜトヨタは「遅れている」と言われるのか
それでもなぜか世間では、「トヨタは遅れている…」という声が絶えません。
その理由は、大きく4つあると考えられます。
理由① EVだけで企業を評価している
少し前まで、自動車業界ではEV(電気自動車)が大きな話題でした。
そのため、近視眼的に
「EV販売台数=企業の実力」
という見方が広がりました。
確かにEV市場だけを見ると、テスラや中国メーカーの存在感は非常に大きく映ります。
しかし、トヨタはEVだけに経営資源を集中する戦略を採っていません。

巷で言われる「マルチパスウェイ」ですよね。
筆者が10年ほど前にメディアに投稿したトヨタに関する記事では「全方位戦略」と書きました。
ガソリン車
ハイブリッド車(HEV)
プラグインハイブリッド車(PHEV)
電気自動車(BEV)
さらにトヨタは水素エンジンまで、複数の選択肢を並行して開発する「マルチパスウェイ戦略」を掲げています。
そして今回、NHKスペシャルの「インサイドトヨタ」でとりあげられた内容は、上の4種類を同じプラットフォームに載せようという、つまり共通化しよう壮大な開発の物語だったのです。
つまり今回の開発は、2015年から始まったTNGAの進化版と言えるでしょうか。
この「インサイドトヨタ」を見て理解するには、どうしても製造業の基礎知識が必要です。
その1つがTNGAです。
TNGA(Toyota New Global Architecture)とは、プラットフォーム共通化のことで、すでに2015年から始まっています。
このプラットフォーム共通化をやり遂げることで、基本性能の向上、コスト削減、効率的な生産を同時に目指すクルマづくりの構造改革が可能になります。車台やパワートレーンを一体刷新し、複数の車種で賢く共用化します。
端的に言えば、効率化です。
このプラットフォーム共通化に乗り遅れた(効率化を図れない)ことが一因で、日産、ホンダは世界シェアを徐々に落としていると筆者は考えます。
つまり、これって製造業にとって製造技術・生産技術だから肝(キモ)なんですね。
製造業に知見がない方には理解するのが難しいのかもしれません。
ただこれからは、AIを活用することによって製造技術・生産技術も様相が変化するのかもしれません。
ということで…、EVだけを基準にすると、トヨタは「遅れている」という印象になりやすいのです。
■過去記事:新型CH-R(TNGA第2弾)にみる改革の本当の理由ーコストダウンじゃなく資金効率
理由② 派手な発表をあまりしない

トヨタは昔から、「完成してから発表する」文化が強い会社です。
よく「後だしジャンケン」とも揶揄されますよね。
日本流に言えば、石橋を叩いて渡るってことになるのかな?
でも、それだからこそ品質、安全性に定評があることにもつながる。

一方、
IT企業や新興メーカーは、開発途中でも大胆な未来像を積極的に発信します。
テスラのように…。
最近は株主の声が相対的に強すぎるから、資金を確保するためにそうなっている傾向が強いね。
その結果、
「発表が多い会社=技術が進んでいる」
という印象が生まれやすくなってます。
しかし、発信量と研究量は必ずしも一致しません。
トヨタは、完成度や品質、安全性を確認した上で市場に投入する姿勢を重視しています。
この慎重さは、時として「保守的」「夢がない」と受け取られてしまうことがあります。
理由③ 「ソフトウェア企業」と比較されるようになった
かつて、自動車メーカーの競争は、
・エンジン性能
・燃費
・耐久性
・品質
が中心でした。
しかし現在は、
・AI
・ソフトウェア
・クラウド
・半導体
が競争の中心になり、メディアでも露出度が高くなり、私たちの目にもつきやすくなります。
もちろん、人間が編み出した進化の象徴でもありこれからは必要不可欠ですが、現在は一種の流行でしょうね。
自動車もパソコンもスマホも、だれもが持つようになればあって当たり前になります。
そのため、トヨタはテスラやGoogle、NVIDIAなど、従来とは異なる相手とも比較されるようになりました。
だから、VW(フォルクスワーゲン)の経営者は、ディーゼルゲート事件という不祥事を起こしたり、急成長するテスラに対抗するため、2019年に「VWはソフトウェア会社になる」と明言して焦りを隠せなかったのです。しかしその顛末はご存じのとおりです…。
ただ、VWも今後、高熱効率エンジンを活用したパワートレインの独自開発で攻勢をかけてくるでしょう。どうやら熱効率競争ではEVよりも開発が早くてエンジンのほうに軍配が上がるかもしれません。結局効率が良く、消費者にも手に入りやすい価格になるのはエンジンとモーターを組み合わせたハイブリッド車ということになるのでしょうか。
参考:エンジンは「オワコン」じゃない!! 内燃機関研究者が明かすエンジンの希望と可能性
話を戻して…、トヨタ自身もソフトウェア基盤「Arene(アリーン)」の開発やAI研究を進めています。「Arene(アリーン)」については後に説明する予定です。
つまり、トヨタはソフトウェア開発を「やっていない」のではなく、「見えにくい」だけなのです。
理由④ あまりにも研究分野が広すぎる
これがひょっとして、最も大きな理由かもしれません。

実は、トヨタは、一つの技術だけを追いかける会社ではないです。
マルチパスウェイ思想からわかるように、例えばEV1つに絞ったりしません。
これって経営的には、どんな状況になっても隠し玉を出せるので理にかなっているのです。お客様にも選択肢をたくさん与えることにもなります。つまりどれでも売れる!
商売(企業)は、存続してナンボの世界ですからね。
トヨタは、以下のような幅広い研究開発を行っています。
自動車、ロボット、AI、都市、エネルギー、物流、材料、半導体、量子、宇宙…。
あまりにも研究分野が多いため、その全体像を知る機会が少ないのです。
だから、「EVで遅れた」という一部分だけが強く印象に残ってしまいます。
トヨタの研究開発マップ すそ野が広すぎてビックリ!
では実際に、トヨタはどのような研究を行っているのか知りたいですよね。
一覧にすると、その広さがよく分かります。
| 分野 | 主な研究テーマ | 目指す未来 |
|---|---|---|
| AI | 画像認識・生成AI・危険予測 | 事故ゼロ社会 |
| 自動運転 | 高度運転支援・自動運転 | 安全な移動 |
| ソフトウェア | Arene・SDV | 車を進化し続けるコンピューターへ |
| コネクテッド | 通信・OTA更新 | 常に最新の車 |
| Woven City | 実証都市 | 社会全体の実験場 |
| ロボティクス | 配送・介護・生活支援 | 人手不足の解消 |
| 水素 | FCV・水素エンジン | カーボンニュートラル |
| 電池 | 全固体電池・次世代電池 | EV性能向上 |
| ハイブリッド | 高効率システム | 世界規模のCO₂削減 |
| 半導体 | 車載コンピューター | AI時代への対応 |
| センサー | LiDAR・カメラ・レーダー | 自動運転の「目」 |
| 地図 | 高精度HDマップ | 自動運転インフラ |
| 材料 | 軽量素材・新素材 | 高効率・高耐久 |
| 生産技術 | ギガキャスト・AI品質管理 | 次世代工場 |
| エネルギー | e-fuel・再生可能エネルギー | 多様な脱炭素社会 |
| MaaS | 移動サービス | 「所有」から「利用」へ |
| 量子ビーム・材料解析 | 中性子・放射光・電子顕微鏡などによる原子レベル解析 | 全固体電池・水素・新素材開発 |
| 宇宙関連 | 人工衛星との連携・次世代モビリティ | 地球規模の移動ネットワーク |
この表を見ると分かるように、トヨタが研究しているのは「クルマ」に関することだけではありません。
2025年、トヨタ自動車の完全子会社であるウーブン・バイ・トヨタが宇宙ベンチャーISTに70億円出資し、小型ロケット「ZERO」の高品質かつ低コストな量産体制の構築を進めています。
「夢がない」というのは間違いで、むしろ、未来の社会インフラそのものを視野に入れているのです。
この基礎研究の厚みがトヨタの強みでもあるでしょう。
経営的に見ると、研究開発(R&D)に力を入れているほうが、中長期的な競争力や収益力が高くなる傾向があります。つまり、今だけでなく将来を見据えて方向性を出していくことができるからです。
新商品の開発にも有利となりそれによってシェアを伸ばすことも可能ですし、最先端を研究していることで優秀な人材を採用することも可能になり、競争力を増す結果となります。
研究開発は、企業にとって大事な資源、植物で言えば種です。
なぜマルチパスウェイが良いのか?と疑問に思っている人は、理想のクルマとはどんなものかを考えてみるとわかるかもしれません。
だって、理想のクルマは人それぞれだからです。だからいろんな選択肢を持っておくこと、提示することが良いのです。
そうすると、ガソリン車に絞ったりBEVに絞ったりすることが、企業にとっても消費者にとっても選択肢の自由がなく無謀であることがわかります。だから、EVだけに絞った欧米メーカー、そしてホンダは現在窮地に陥っているのです。
トヨタ・カローラが発売以来世界で一番売れた車種となっているのは、多くの人が選択できる理想に近いクルマだったからかもしれません。
今回の番組「インサイドトヨタ」の中でも、豊田章夫会長が言ってましたよね。6人乗りのクルマを開発しても、「1人でも2人でも乗れる車にしなければならない」と。
企業にとっても、それをかなえる方法がマルチパスウェイであり、そのクルマを製造する方法がプラットフォーム共通化を含めたトヨタ生産方式なのです。
「一本の木」ではなく「森」を見てほしい
私たちはニュースを見るとき、どうしても一本の木に目を奪われがちです。
「EVが売れた!」
「株価が下がった!上がった!」
「新型車が発表された!」
もちろん、こうしたニュースも大切です。でもそれはその時だけ、1本の木にすぎません。
だから、それだけではこの先も続く企業の本当の姿は見えてきません。

そうだな~。今流行りのタウンシップというゲームアプリに例えてみるのもいいのかな~。実際の企業経営はもっと複雑だけどね。
でも、タウンシップというゲームも、原材料から製品を作るまでの加工工程(サプライチェーン)も考えなきゃならんし、時間管理、資源のやりくり、待ち時間(ムダ)の効率的な解消の仕方、などもあるけど、効率の良いコインの稼ぎ方とキャッシュの使い分け、どうやってどこでチームの援助を得るかや、街の将来像・全体像(森)も描いてないとうまく街づくり(人口増加と発展)が叶わないし…。
それにポイ活で稼ぐなら期限もあるからね。
皆さんも考えてみてね。
トヨタが数十年先を見据えて取り組んでいる研究開発を一つひとつ眺めていくと、その姿は「EVメーカー」でも「自動車メーカー」でもなく、未来の社会基盤を支える総合技術企業へと変わりつつあるのかもしれません。
だからこそ、「トヨタは遅れている」という一言だけで評価するのは、少しどころかすごくもったいないのです。
次回予告
今回の記事では、「トヨタは何を研究している会社なのか?」という全体像をご紹介しました。
しかし、この研究開発マップを見て、「Areneとは何だろう?」「Woven Cityは本当に必要なの?」「なぜ自動運転を慎重に進めるのか?」と疑問を持たれた方も多いでしょう。
第2回では、トヨタの未来戦略の中核を担う「Arene」「AI」「自動運転」「Woven City」を詳しく解説する予定です。